世界というジグソーパズルの一ピース―『からくり民主主義』(高橋秀実著)
過去にさかのぼる日に手にとった本は、『からくり民主主義』(高橋秀実著 草思社)である。
bk1で調べたら、まだ文庫になっていないらしい。不思議だ。世界というものの構造をこれほど的確にトレースしている本はないと思うのに。夏休み社会科課題図書になっていないのか。
この本は、序章をふくめ、十一のテーマを取りあげている。大した手間ではない、目次を転記してみよう*1。
- 序章
- 国民の声 ―― クレームの愉しみ(Akimbo注: テレビに対するクレームの分析)
- 第1章
- 親切部隊 ―― 小さな親切運動
- 第2章
- 自分で考える人々 ―― 統一協会とマインドコントロール
- 第3章
- 忘れがたきふるさと ―― 世界遺産観光
- 第4章
- みんなのエコロジー ―― 諫早湾干拓問題
- 第5章
- ガリバーの王国 ―― 上九一色村オウム反対運動
- 第6章
- 反対の賛成なのだ ―― 沖縄米軍基地問題
- 第7章
- 危険な日常 ―― 若狭湾原発銀座
- 第8章
- アホの効用 ―― 横山ノック知事セクハラ事件
- 第9章
- ぶら下がり天国 ―― 富士山青木ヶ原樹海探訪
- 第10章
- 平等なゲーム ―― 車椅子バスケットボール
- 終章
- からくり民主主義 ―― あとがきに代えて
- 解説
- 僕らが生きている困った世界 ―― 村上春樹
二十世紀から二十一世紀にかけて、みんなの注目があつまった問題が多く取りあげられている。これらの問題に対し、著者は独自のスタンスから取材をすすめてゆく。
独自のスタンスといっても、別に特殊なルートをつかって裏情報をえるわけではない。著者の取材はどの場合も次の手順でおこなわれるだけだ。
- 問題についての関連資料をできるだけ渉猟し、情報をえる。
- 現地に出むき、人々の話をきく。
こうやって書いてみると、普通というよりも普通以下のやりかたのようだ。しかし、その結果うみだされるルポルタージュは類書にない臨場感と遠近感をそなえている。
それは、これまたごくあたりまえにしかみえない、著者のスタンスからもたらされるものだ。すなわち、「きめつけをしない」こと。
著者は、あっちに行って話をきき、またこっちに行って話をきく。いろいろと食いさがったりはするのだろうが、基本的には相手の主張をあまさず引きだすのみである。そして、いろいろな立場の人からの主張をならべることで、その問題のもっている背景や力関係を浮きぼりにしてゆく。
たとえば第7章、「危険な日常 ―― 若狭湾原発銀座」では、わずか直線五十キロメートルの海岸沿いに十五基もの原子炉が並ぶ(もちろん美浜の加圧水型軽水炉三基もふくむ)「原発銀座」に住む普通の人々の声が引用される。
「もうなんとも思わん、ほんま、普通ですわ」
町の人々が言うように、若狭にいるとそもそも原発などない*2、のではないか、という妙な錯覚にまでおちいってしまう。
(p171)
まあそうだろうなあ、と思う。原発のせいで毎日心配して暮らすような人は、もうとっくに引っ越しちゃっているよね。現地で反対運動をしている人も、ある意味、原発が平気だから、元気に居残って反対運動をやっているのだ。ひょっとしたら、原発反対というあらたな生き甲斐をえてかえって生き生きしている人もいるかもしれない。
そして、次のような何気ない発言もすくいあげられ、紹介される。
「大量に放射能が漏れれば、盛り上がるんでしょうけどね……」
つけっ放しのテレビを眺めながら、地元記者はぼやいた。
(p172)
事故が起こらなければ、原発問題は盛り上がらない。なるほどそうだ。しかしそれでは、原発推進派と原発反対派、どちらが事故が起こることをまちのぞんでいるのだ。ここからは自分でも調べられる。GoogleでもBlog検索でもして、今回美浜原発で発生した事件で、どちらがより元気になったかをみればよい。皮肉なものだと思う。
この章の最後には、危険と同居しないと生きてゆけない現実を端的に言いあらわしたタクシー運転手の発言が引用される。
「反対の人らの言うチェルノブイリの話で、ようわかりましたんですわ。もし、あの原発が爆発したら、日本列島は全滅なんやろ。そしたら、どこに逃げてもしゃあないですわ」
死ぬときはみんな一緒だから安心なのである。
(p194)
この本には、「政府の横暴に苦しめられる人民」や「怪しい宗教にすっかりだまされちゃった人々」など、普通のルポルタージュに登場しがちな人は登場しない。実は、「そういう人々」は、「民主主義」というからくりを駆動するために作成された、「民衆の声」を代弁するハリボテであり、なかば虚構にすぎないのだ。
実際の社会には、ただの人々がいて、それぞれの思惑があり、そして、利害の衝突や一致があるだけである。沖縄米軍基地の問題をとりあつかった第6章では、フェンス近くに住む地主のおじさんへのインタビューがそれを如実にあらわしている。
―返還されたらどうします?
「いや絶対されないサ、ここは大丈夫サ」
―各地で返還運動してるけど……。
「あれはあれで助かってるサ」
―助かる?
「そう。基地に反対してくれれば、借地料がまた上がるサ」
(p146)
基地反対運動は借地料を上げるのに役立っているため、地主たちにも歓迎されているのである。別の個所では反対運動を七味唐辛子にたとえた、正鵠を射た発言に思わずのけぞってしまう。
―反対運動は?
「反対する人を非難してはいかん。反対は政府を刺激するから、いい方向へ物事がいく。言ってみれば、ソバと七味唐辛子の関係なんだな。ソバに七味唐辛子を入れると、おいしくソバが食べられる。反対分子が頑張れば、それだけ得るものは大きいんだ。でも、七味唐辛子の中にソバを入れて食べる人はいないでしょ。食えたもんじゃない。本当は誰もそんなことは望んでいない」
(p167)
本土のかたがた、どうですか? どこに正義があるか、まだわかりますか?
世界というのは一筋縄ではいかないものだ。それをきちんと描くだけで類書にない輝きをもってしまうこの本は、ひるがえって、その他のマスコミが、どれだけかたよった報道を心がけているか、人々をひとつの方向にのみ安易にみちびいていく煽動装置となっているかをしめしてしまう。
そして、読了した読者は途方にくれる。これからはマスコミの論調にのるだけではなく、少なからず自分で考えてゆかなければいけないという荒れ地におきざりにされ、二十億年光年の孤独に思わずくしゃみをしながら。
『からくり民主主義』は、そういう名著である。