コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

圧力の是非

独身でいると圧力を感じる。
職場では一人前あつかいされないし。親戚には「誰かいい人はおらんとや」(博多弁)とさぐりをいれられ、写真を送りつけられたりする。難儀だ。
ではわたしが社会からのこういう圧力を不当であるとして憎み、戦っているかというと、まったくそうではない。これはしかたのないことなのだ。
ある組織は、かならずその組織自体を維持する方向に機能するものだ。理由は簡単、そうでない組織はすぐに淘汰され消滅するからである。
そして、この社会を維持するためには要員補充が不可欠である。だから、その義務をおこたっている人間には有形無形の圧力がかかるのだ。
さて、ではこの圧力がなくなればよい社会になるのか。なりません。そういう社会はすぐに消滅してしまう。さもなければ今度は社会を維持するための明示的なしくみ、たとえば法律を作り規制する必要がでてくる。「人口維持法」とかね。
この法のもと、子供をつくらぬものは逮捕され、ハダカにされたうえ、電気刺激なんかで無理矢理生殖細胞をとられる。養育税もとられる。
そう想像してみると、まあ圧力だけですむのならいい社会なのだな、と思えてくる。