コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

お金とはなにか―「円はなんの単位か」のつづき

お金の本質について。
コンピュータシステム建設をしていると不思議なことに気づく。お金はコンピュータの中を通ることができるのだ。
不思議でもなんでもありませんか。だが、他の産業のシステムではそういうことは皆無だ。たとえばビール工場の製造管理システムでは、原料の消費量や温度、製品の量や品質を管理しているが、実際に原料やビールがコンピュータの中を流れるわけではない。流れているのはあくまで実在する物質の影―情報だ。
これが金融系システムだとどうなるか。だれかに千円支払いたい場合、銀行のサイトにログインし、振り込み手続きをおこなえばよい。千円札を財布からだしたりしないし、銀行でも現金を他行に移動したりはしない。\1,000-という数字が回線を流れるだけだ。
これはお金がすぐれて抽象的な存在であることをあらわしている。
換言すれば金銭は人間だけの想像の産物だ。
だから猫を札束でなびかせることはできない。「猫に小判」ということわざは、人間の妄想など相手にせぬ猫にさかうらみし、逆に猫をみくだす傲岸不遜なまけおしみである。
貫一君、猫をめとられよ。猫だと鰹節に目がくらむかもしれんが。

画像(写真日記猫

まねき猫に小判