「笑い」について ― その二
屁をひつておかしくもないひとりもの
笑いはなにより集団の行動である。あるものごとに対しておなじおかしさを感じるという仲間意識の確認が笑いなのだ。では、起源はなんだろう。
わたしは、これは、「群れ」の内部で発生した攻撃性の無害化だと思う。
集団で生活している以上、メンバ間に利害の対立が発生する。他の動物集団ならば序列あらそいのたたかいがおこなわれ、解決にいたるはずだ。しかし、人間の群れが発達し、機能が高度になるにつれ、序列の決定だけではさまざまな共同作業(狩りや農耕)が効率よくすすまない状態が発生してしまう。
そこで、群れの序列をもっとゆるやかにし、その結果余剰となった攻撃性の方向をかえ、集団に利するかたちで発散するようにしたのが笑いなのである。
笑いの「攻撃」対象は、集団にとって異質、あるいは奇矯なものだ。笑いの対象が外部にあれば、それは集団の仲間意識をたかめヨソモノを区別するものさしになるし、内部のものならば異質な行動を牽制し規範をひろめる役割をする。
こうして人間の群れは共同体へ、そしてさらに社会へと進化していったのだ。
※学問的なうらづけはありません。