コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

「わたしも小谷野君といっしょの意見ですっ」

『すばらしき愚民社会』(小谷野敦著 新潮社)*1を読んでいる。
おどろきました。なんだかこの人、わたしと意見がそっくりだ。いや、年もむこうが上だし書いたのもむこうが先だから、わたしが小谷野にそっくりな意見をいっているわけだ。
ちょっと「大学の先生」っぽい表現が気になることはあるが、フェミニズム批判、反喫煙ブーム批判、精神分析批判等々、大筋においてわたしがいいそうなことをいっていて、しかも知識や思考力があるだけ表現がたくみである。読みながら「オレのレゾン・デートルって…」などとおもう。
くやしいのでちょっとだけ重箱のすみをつつく。本書中「「説得力ある説明」を疑え!」で岸田秀の『ものぐさ精神分析』の最終章「わたしの原点」についての批評がある(九十三ページ)。岸田秀が「母はわたしを支配し、利用するためにそだてた」と気づいたとたんに神経症的症状が解消したことを、小谷野は「その時既に精神分析を学んでいた岸田には、プラシーボ効果でもあったのではないか」と書いているが、それはちょっとちがうと思う。
われわれは「キミがわるいんじゃない、わるいのはアイツだ!」という説明をつねに欲している。岸田にとっては「キミは親不孝なんかじゃない、すべては母親の陰謀だったのだ」という説明がまさしく良薬となったのだ。
この良薬には副作用もあった。岸田の文章を読むと、岸田は治癒のためのとりひきとして母の愛や献身を完全否定し唾棄している。しかし、とても彼の継母が「こどもに強迫観念をうえつける」陰謀家だったとは思えない。逆に岸田は親不孝である。そして、それに対して「親の恩に報いていない」という自責を感じるほど義理堅い人間にそだっている。そだてたのはもちろん母親である。それが悪いことだったのか。
結局岸田は大人になることを放棄することによって神経症を治療したのだとわたしには思える。
出勤時間なのでいきなり総括。「わるいのはキミじゃない、ほかのだれかだ」というのはなにかににていないか。そう。マルクスも「生活がつらいのはキミたち労働者のせいではない、これは資本家の陰謀なのだ」と説いていた。いわば、マルクスフロイトも、まったくおなじことを別のフィールド、別の表現でいっているだけなのだ。
マルクスフロイトユダヤ系だから、これは楽園追放のアンチテーゼなのかな。

書籍データ

すばらしき愚民社会
小谷野敦

出版社 新潮社
発売日 2004.08
価格  ¥ 1,365(¥ 1,300)
ISBN  4104492027

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*1:Tさんいつもおもしろい本を紹介いただきありがとうございます。