コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

喪失の夏やすみ

今週は週刊誌を二誌買った。
まず中野翠さんの「満月雑記帳」に書かれている〈狐〉こと山村修さんの訃報を読むために『サンデー毎日』を、そして高島俊男先生の「お言葉ですが」が掲載されて「いない」ことを確認するために『週刊文春』を。
中野翠さんと山村修さんは遠い親戚だったらしいが、それ以前から、「ライターとして〈狐〉は気になる存在だった」。『日刊ゲンダイ』に週一度掲載される書評は、

毎回七二〇字の小さなコラムだが、その本の魅力の核心をつかみ出してみせる力は抜群だった。

わたしに「〈狐〉の書評」を教えてくれたのは高島俊男先生だった。『本が好き、……』が手もとにないため記憶で書くと、

書評の書きだしがうまいひとをカキダシスト、おわりかたがうまいひとをキリストとよぶが、〈狐〉さんはカキダシストでキリストである。

書きうつすと、中野さんも高島先生も〈狐〉を紹介するのに「なるべく短く的確に、かつ魅力をそこなうことなく」といった、ある種の緊張感をもって書いているようにみえる。読み巧者の達人たちをも緊張させる、〈狐〉はそういう書評家だった。もちろんその緊張感は「〈狐〉の書評」にも満ちていた。
「お言葉ですが」の文章は、もっとゆったりした感じだが、文章のすみずみに心がゆきとどいていて、どんな話題でも読むだけでしあわせになった。木曜日の朝が楽しみだった。
思えば本欄の「和語はかな」という原則は高島先生に、一回五百字という制限は(おそれおおくて秘密にしていたが)「〈狐〉の書評」におおきな影響をうけている。
高島先生にはお手紙を出すこととし、〈狐〉さんには、今回の本欄を七百二十字にまとめることで感謝をあらわしたい。

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朝顔