コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

富田メモ、A級戦犯、靖國神社

夏休みの工作「ニュースを作ってみよう」

材料
  • 意図の分かりにくい発言メモ(ツッコミをうけてもとぼけられるように、作成者や発言者は故人であることがのぞましい)
  • 関連する事実
作りかた
  1. まず「ニュースで書きたいこと」をまとめる。あまり事実関係にはこだわらなくてよい。
  2. 「書きたいこと」にそって事実をならべ、文章でつなげてゆく。このとき、事実がはっきりしていないことがらについては推理や断定を事実としてまぎれこませてよい。明らかに「まちがっている」と言われてしまうような、事実に反する記述は避けること。
  3. 客観的な記述をつけくわえ、しあげる。ニュースの意図がありありと見えると興ざめなので、公平な視点から書いていることを裏打ちするための中立的な文章も混ぜ、形をととのえる。
作品例
昭和天皇A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ

 昭和天皇が1988年、靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。 (07:00)

(2006年07月20日 日本経済新聞社サイトの記事を引用*1: http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060720AT1G1700819072006.html

ポイント
発言者
通常ニュースは裏をとるものですが、こういう、補強資料もないメモの場合は開きなおりも必要。逆にいうと想像力と個性を発揮させるチャンスかも。「陛下のおことば」等、発言者を特定する記述がなければ、曖昧なところはこちらの解釈を大胆に入れてよいのです。メモの上部に「藤尾(文相)の発言.」とありますが、あっさり無視しましょう。資料写真としてもうつりこまないようにカットしておきます。
「不快感」
(いまさら政治的な問題になっている)「違和感」や(政治的に問題になれば参拝がしづらくなる)「困惑」ではなく、ここは思いきってこちらの意図に合致した「不快感」を使います。あと、誰からも訂正されるおそれがないときには、強調も自由に使ってかまいません。インパクトを考え、「強い不快感」としましょう。
前後関係
昭和天皇の直接参拝(ご親拝)が途絶えたのは昭和五十年(1975年)で、それは当時の政治的な状況への配慮からでした。これを書いてしまうとニュースとして弱くなってしまうので、「1978年以降には参拝していない」という事実だけを書き、読者がみずからふたつのことがらを結びつけるようにしておきましょう。昭和天皇は戦後、政治的な公式発言はしていらっしゃいませんので、「理由を明らかにする」ことはないわけですが、それも傍証のように書いておくとよいでしょう。
中立的な文章
最後の一文によって、こちらが公平な立場で文章を書いていることを匂わせましょう。「史料としての価値」は「正しい解釈」があってこそなのですが、わざわざニュースの価値を損なうようなことを馬鹿正直に書く必要はありません。

鑑賞してみると、この短いニュースに日経の記者の職人芸が横溢しています。やっぱりプロのワザはすごい。

森首相(当時)の発言

最近のニュースに接していて思うのは、「日本国民は、右も左も、みんな皇室を崇拝しているんだなあ」ということである。
国をあげて昭和天皇のご真意をあれこれ推測し、それをもって靖國神社のありかたを決め、第二次大戦を評価しようとしているのだから、日本はまさに、「天皇を中心とする神の国」ではないか。
森喜朗さんの発言*2は正しかったと、今さらながら思う。
とりあえず、「戦争責任」とか言うまえに、メディア各社は「森首相バッシング」の「報道責任」をとりなさいよ。その場の口先だけで世渡りしていると、そのうちバチがあたりますよ。

A級戦犯

東京裁判の無茶苦茶さ加減については解説するページが山のようにあるので割愛。戦勝国が敗戦国の指導者を自由に殺していいなんて、どこの未開国ですか。
しかし日本は、東京裁判の結果を受けいれた。しょうがなかったからね。簡単にいえば、A級戦犯とは日本が戦勝国にさしだした生贄なのよ。
そして、もう裁きは済んでいるのだ。
たとえれば、殺人罪で服役し、出所してきた人をまだ新聞紙上で「殺人犯」と呼び、さげすむようなものだ。個人的な感情はともかく、社会の公器ではゆるされないことだろう。そのことに躊躇を感じないメディアをわたしは信用しない。

だんだん腹がたってきた

要するに、「みたまをオモチャにするな」ということです。死者の霊は政治ゲームのチップや別の施設に移設可能な資材などではない。断じてない。ほんと、バチがあたりますよ。
ところで、「靖國神社のありよう」についてああだこうだ言っている人たちは、少なくとも一度は参拝したことがあるんですよね。

画像

このままじゃ、私、可愛いだけだ

朝日新聞は大嫌いだが、朝日新聞のCMは大好きだ。洒落てて、ある意味正直で。

言葉に救われた。言葉に背中を押された。言葉に涙を流した。言葉は人を動かす。私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言朝日新聞

いや、わざわざ「朝日新聞の言葉」に動かしていただかなくても結構ですから。朝日さん、戦時中にも同じことしてたの、知ってますよ。
事実をわかりやすくあまさず伝えてくれたら、自分で判断して動きます。

追記1

本日『文藝春秋』にて「昭和天皇「靖國メモ」未公開部分の核心」という対談記事を読んだ。実際のメモを見た半藤一利秦郁彦保阪正康の三名が内容および当時の情勢について語りあうもので、

  1. 史実と合致している
  2. 「偽造」するなら、「白鳥」を「白取」とするような単純なまちがいはしないだろう
  3. 「易々と」、「それが私の心だ」といった陛下ならではの表現はなかなか捏造できるものではない

といった理由で、メモの内容は昭和天皇の発言に間違いないとしていた。実に説得力がある。多分そうなんでしょうね。
坪内祐三のの「人生天語」にもこの問題への言及があり、これも説得力のある論考だった。

追記2

文章の「掛かり」がおかしい箇所と引用を明示していなかった箇所を修正しました。

*1:2006年10月20日まで読めるはず。

*2:そもそも神道関係者の集まりでの発言で、政治家だったらそのくらいのことは言うだろう。あれをあげつらったメディアもバカだが、今度のさわぎで愛想がつきた。