コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

モラトリアムじじい

ずいぶん前、NHKの「日本の匠」みたいな短い番組で、この道五十年という和ろうそく(原料は植物のハゼ)の職人を見た。
せまい仕事場の中には地味な黄土色をした作りかけの和ろうそくがずらりと並んでいる。まるで浅草寺SMクラブのような風景の中、老人は熱したハゼ油のなかに入れた棒を回しながら、手でロウをつけ少しづつ太くしてゆく。はじめて、それも五分間だけ見るとおもしろそうだが、彼はこの熱くて(油に漬ける方の手にはもう汗をかかないらしい)根気のいる作業を五十年もつづけてきたのだ。
昔の人にはかなわないな、と感じいっていると、ナレーションが言った。
「今年八十歳になる××さんには後継者が……」
ん? 頭の中で計算し、ちょっと笑ってしまった。
80-50=30? じいさん三十歳までなにフラフラしてたんだ?!」
それからずいぶん気楽になれたような気がする。腰がすわるのは三十からでもいいんじゃないか。もしバカだったせいで若いころを無駄にしたなら、その分長生きで埋めあわせればいい。他人とくらべてあせったりする必要は全然ない。
ところで、わたしはもう四十二歳ですが、それは言わない約束です。

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馬喰町駅上り線。