コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

パレスチナの詩人Fadwa Touqanの詩

「兎美味し 蚊の山」(id:usaurara)に取りあげられていた、パレスチナの詩人Fadwa Touqan*1の"Enough for me"(id:usaurara:20090114)がもつシンプルな力強さに惹かれ、わたしも訳してみた。

原文

Enough for Me
Enough for me to die on her earth be buried in her to melt and vanish into her soil then sprout forth as a flower played with by a child from my country. Enough for me to remain in my country's embrace to be in her close as a handful of dust a sprig of grass a flower.

訳文

それでいい
それでいい ふるさとの土のうえで死に ふるさとに葬られる 溶けて消えてゆく ふるさとの土のなかに そして芽吹いて一輪の花となり 遊んでもらう この土地に生まれてきた子供に それでいい 残るとすれば ふるさとに包まれて ふるさととひとつになる ひとにぎりの土くれになり 草の葉になり 花になって

メモ

"enough for me"
「わたしには十分」、「それで満足」、といった意味。文脈によっては「もうたくさん」みたいな意味にもなる。「それ以上は望まない」ことをつたえるよい言葉が思いつかなかった。
"her"と"my country"
英文では"her"が"my country's"であるとわかるまでに五行あるけれど、そこまで訳せなかった。
"country"
"nation"−「国」ではなく、「生まれたところ」という意味で、ふるさととしてみましたが。
"sprig of grass"
草の一枝といったような意味。
詩の翻訳では、原文の意味や肌ざわりを損なわないようにすること、語の前後関係をなるべく保つこと*2、もそうだが、余計なものをつけ加えないようにすることがことさらに難しい。おなじ意味をもつ日本語に変換しているつもりで、つい自分のもつイメージをまぎれこませてしまう。 決して満足いくものはできないため、どこで「終わり」にするかなのだけれども。

メモ2 - 追加分

"close"
最初形容詞「親密な」だと思い、"her"を目的格として訳していたけど、つながりがおかしくなる。意味的にも、あとで自分が"her"の一部分となっていることが描写されるため、これは副詞で「ぴったりと」か。あるいは名詞「囲い地」で、"her"は所有格かも。副詞とすると、「彼女のなかに(be in her)ぴったりとくっついている(close)(ことで満足)」という感じになるけど。思いきって意訳(かどうかは自信ないけど)。
不定冠詞"a"
"a flower played with by a child from my country."は「一人の子供に遊ばれる一輪の花」だけれども、数をいちいち明確にするのは日本語になじまない。しかし、たくさんの花となって子供たちと遊ぶ、というようなイメージとは違うということを明らかにするため、「一輪」だけ残した。
"played with by a child"
「遊ばれる」だと語感が……。「遊ばせる」と「遊んでもらう」で、「遊んでもらう」に。
"a handful of dust"
「一握の土」だと啄木っぽくなるので、「手のひら(ですくえる)ほどの」としましたが、日本語としておかしく、またMerriam-Websterで調べてみたところ、第一義に"1 : as much or as many as the hand will grasp"(強調引用者)とあり、意味的にもずれているので、「ひとにぎりの」に。
聖句との関係
たとえば、日本の詩歌で「古池」という語を使ったときには、だれも芭蕉のあの句を思いうかべずにはいられない。同様に、外国の文章に関しても、宗教的、あるいは文学的背景のある語句が引用されていたりもするので要注意。今回はないような気がするけど*3、"dust"は創世記2:7の"the LORD God formed the man from the dust of the ground and breathed into his nostrils the breath of life, and the man became a living being.(強調引用者)"(神は土くれから男を形作り、鼻の穴から生命の息を吹き込み、そして男は生きものとなった)とちょっと共鳴しているかもしれません*4

Fadwa Touqanについて

Fadwa Touqanの略歴は「The Palestine-Israel Journalの死亡記事」に記載されていた(同様の記載が「Wikipedia英語版の記事」にもあり)。 1917年(バルフォア宣言が出された年)ナブラス*5生まれナブラス育ち、パレスチナ文学の女性第一人者。 13歳まで学校に通うが、辞めさせられる。詳細は不明。多分イスラム女性だから。その後は兄Ibrahim Touqanが本をあたえ、基本的な知識をさずける。のちにオックスフォード大学で英語と文学を学ぶ。 2003年12月3日ナブラス没。

画像

ドクダミの花。

*1:名前の発音はわかりません。ファダ・ツカン?

*2:これはわたしのローカルルール。詩の一文には、翻訳のために前後を入れかえると驚きが減じてしまうものが多いような気がするので。逆にこのために日本語らしい文型になっていなかったり、語尾がいい加減だったりしてしまう。

*3:そういう場合単に「知らないだけ」ということが多い。

*4:考えすぎると穿ちすぎちゃったりもする。

*5:ヘブライ語ではシェケムというらしい。