コールスロー

世界というジグソーパズルの1ピース

ウテナクリーム

おひさしぶりです。
生存報告がわりにちょっとだけ。阿川弘之『井上成美』のなかに出てくる忘れがたいシーンをご紹介します。
大東亜戦争のさなか、トラック島で働くノブ子という娘が内地に戻ろうとしたが、乗った船が途中で撃沈されてしまう。
海に投げ出された乗客たちは、木切れにしがみついて励ましあいながら三週間あまり漂流する。

二十二日後、願ひが届いたかのやうに友軍機が見つけてくれ、その翌々日には第二長安丸といふ船が迎へにあらはれた。全員無事本船に移されて、次の日トラックへ帰り着くことが出来た。携帯品一切を失つたノブ子は、第二長安丸の船員にもらつたウテナクリームの瓶一つ、大事に持つて、着のみ着のまま、大方一と月ぶりの夏島の桟橋に上陸した。海軍病院へ運ばれる時も検査の時も、掌にクリームの瓶を握りしめて離さうとしない彼女を、「やつぱり女の子だなあ」と人々が笑つた。
阿川弘之『井上成美』新潮文庫 322ページ*1

阿川弘之って、顔に似合わず描写がこまやかないい文章を書くでしょ。

今日の一枚

東京駅構内地下商店街「グランスタ」にあるオブジェ、銀の鈴

*1:文庫版は現代かな表記ですが、阿川さんは正字正かなで書いたはずなので、正かなに修正しました。誤りがありましたらお知らせください。